投稿日:2008-05-31 Sat
2007年10月 5年間にわたる鉱山会社との闘争に勝利したとの 和田あやさんからの報告を聞き
私たちも何かしたいと
エクアドルコーヒーを扱うことにしたのでした。
スローウォーターカフェ藤岡亜美さんからのお知らせです。
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写真展『コーヒーが森を守った!』

「私の家から眺めることのできる、500ヘクタールの森には、
アメリカとカナダを合わせたよりも多くの種類のランとハチドリが生息しているんだ。
このインタグ地区には、絶滅の危機に瀕している何十種類もの動物が住んでいる。
その多様性こそが、豊かさだし、一番の美しさなんだ。」
カルロス・ソリージャ写真展
『コーヒーが森を守った!』 5月21日(水)から6月2日(月)
@渋谷アップリンク ギャラリー
渋谷区宇田川町37-18トツネビル1F
南米エクアドル。コタカチ・カヤパス生態系保護区*。
太平洋から重く湿った雲が、アンデスの脈を下降し、濃い霧をかける。
アマゾンの源流域でもある、ここアンデス山脈の東側には、
雲霧林とよばれる特別な森が広がっている。
森の地下にねむる鉱物資源を掘り起こそうと、先進国による開発の話が
あとをたたないこの地域で、森に寄り添い暮らすことを選んだ、カルロス・ソリージャとその家族。
彼の提言した森林栽培のインタグコーヒーは、フェアトレードで日本に届けられ、
350以上の家族の暮らしと、インタグの森を守っている。
パートナーのサンディーが提言したサイザル麻カブヤ編みは、
60人以上の女性とその家族の家計を支える。
2007年10月、5年間も居座った、鉱山会社が撤退。
辛抱強い反対運動のさなかには、カルロスや仲間たちへの脅迫や襲撃もあった。
コーヒーを作り、エコツアーを展開し、カブヤ編みを編みながら、
彼らが守りぬいた宝物を、カルロス自身の撮影でご覧ください。
*
「チョコ・ダリアン西エクアドルホットスポット」と「熱帯アンデス生態系ホットスポット」たぐいまれな生物多様性を保持しつつ、その保全が急
がれる
「ホットスポット」2カ所にまたがる地域。
カルロス・ソリージャ Carlos Zorrilla
1951年キューバに生まれる。1962年、アメリカに移住し、カリフォルニア州オレンジ・コースト大学で
写真と哲学を学ぶが中退。その後、「真の教育」を目指し、北米、南米、ヨーロッパなどを旅する。
1979年、エクアドルのインタグ地区に家族とともに移住。地域の人々と共同し、無農薬でのコーヒー生産や、
エコツーリズム、サイザル麻カブヤの民芸品など、森を残しながら暮らしを豊かにする事業を夫婦で展開。
環境保護団体デコインの会長として、インタグ地域の貴重な森を、銅山開発から何度も守っている。
藤岡亜美
http://slowwater.cocolog-nifty.com/hummingbird/
http://www.slowwatercafe.com/
投稿日:2008-05-31 Sat

わたしたちは いまやっと地域通貨「アワまねー」を通じて
お金ってなんだろう という問題を考えさせられている。
都会では 何をするにも お金 水も電気もガスもお金
お金なしでは暮らせない。
お金が わたしたちのこころと体にまとわりついている。
やりたくない仕事も我慢してやり
発言も差し控え
果ては
どこかの国のひとびとを痛めつけながら
暮らしている。

(世界の所得分布図)
里山に来て お金に変えられない里山の豊かさを知り
アワまねーにふれて
人と人のつながりの暖かさ
自律していて
選択肢が多く
他の価値観に寛容
そして 必要に応じて助け合える心地よさ、
信頼関係にもとずいたシステムの中で
人間への信頼を確実なものとしていく
時間もゆっくり流れていく。
そうした状態の 相対化のなかで
はじめて お金とはなんなんだろう と考えることができた。

(あわあわマーケットのレポートへ)
■ 現在の貨幣制度は たった123年の歴史
えーッ そうなのー!
たったの120年ぽっち なの。へー 意外!
だって わが国の地方には、徳島 吉野川第十堰の青石ように
重機など全くない250年も前に 大河吉野川を地域に活かそうと
住民たちの手だけで作られた そんなものがたくさん ある。
明治15年 (1882年)に日本銀行条例ができ、日本銀行を中央銀行として定め
明治18年 (1885年)から国家通過としての日本銀行券が発行。
それまで 100万都市 江戸270年 そして明治10年まで
現代人には付き合いきれそうにない
複雑な 複数通貨システムだった。
「まず、誰でも知っているのが、(両)だが、その下に(分)、
さらにその下に(朱)という単位がある。・・・・
一両は、小判で金貨、一分と一朱は金貨も銀貨もあり、
その他にニ分とニ朱の金銀貨があった。
もうひとつ、今でも古銭として珍しくないのに、四角い穴のあいた一文銭と、
同じ形で裏に波の模様のついたやや大型の四文銭がある。
これは銅貨で、日常の買い物ではいちばんよく使うのだが・・・・
これだけならまだ簡単なのだが、もうひとつ、(匁)があった。・・・・」
(講談社文庫「大江戸生活事情」P15〜16)

(アマゾンの書籍へリンク)
その他 藩札もあったらしいし、明治10年まで
主要都市には、それぞれの銀行があって 個々に銀行券を出してもいたらしい。
■ 江戸時代の生活
もっとも 江戸時代の生活は「金銭を重く見ない儒教の影響で、
武士階級は金銭に執着する」ことをよしとしないし
「庶民の間にも 金にこだわらず清貧を尊ぶ気風」
江戸独特のさっぱりした気性があった。
村落共同体の村長(むらおさ)を中心に
司法、立法、行政、納税、教育などの自治権をもち
実働4時間ぐらい働き、基本的な衣食住の費用も安定していた。
おコメも「150年間を見渡すと、せいぜい2倍程度の範囲内でゆれているだけ」だし、
「二八そばが 1865年に20文に値上げされるまで、
実に200年近くもの間16文のまま変わらなかった」
「湯銭(銭湯の入浴料)も1624ねんから1842年までの
200年間、大人六文、子ども四文のままだった」(同じくp42)そうな。
こんな のんびり ゆったりした日常だったら
お金は不可欠に存在するけど
現在とは けたちがいにせっぱつまってはいないと 想像できる。
(ここ15年の食糧価格の推移:農水省(PDF)より)

■ ここ 30年余の変わりよう
つい 数十年前まで 日本も世界で最も美しい国のひとつといわれていた。
それは自然にあふれた豊かな風景だけでなく、
そこに住む私たち日本人の心をも指していた。
しかし この30年間にわが国の風景は一変した。
あらゆる川にダムができ、山には高圧線が、丘の上にはゴミ焼却場
谷あいは廃棄物処分場
そして 最も美しい海岸には原子力発電所。

(六ヶ所村核燃料再処理施設)
心痛む 年間自死約3万人は
そこに住む私たち日本人の心の風景も変化させられた。
だが 21世紀に入って 「地域通貨」その他の新しい動きが
起こっている。さざなみのように、特に青年たちの手によって。
次は「地域通貨」について考えてみたい。
投稿日:2008-05-11 Sun

六ヶ所村の菊川慶子さんから送っていただいたチューリップの球根。植えてみました。
すばらしい黄色の大輪と赤い花も咲きました。
六ヶ所村在住の「菊川慶子さんが営むチューリップ畑を、100口分の会員で、2.5アール(250平方メートル)トラストしようというもの。
一口3,500円で会員になり、無農薬・無化学肥料で育てるチューリップの日常管理はスタッフに依託しますが、農作業の権利は会員のもの。
不作豊作にかかわらず収穫は均等配分、11月頃収穫物(チューリップの球根かルバーブのジャム)を届けてくれる、という内容です。年4回花とハーブの里通信も届きます。
チューリップ畑トラスト
花とハーブの里チューリップ畑―六ヶ所村のトラスト運動―

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