投稿日:2008-05-31 Sat

わたしたちは いまやっと地域通貨「アワまねー」を通じて
お金ってなんだろう という問題を考えさせられている。
都会では 何をするにも お金 水も電気もガスもお金
お金なしでは暮らせない。
お金が わたしたちのこころと体にまとわりついている。
やりたくない仕事も我慢してやり
発言も差し控え
果ては
どこかの国のひとびとを痛めつけながら
暮らしている。

(世界の所得分布図)
里山に来て お金に変えられない里山の豊かさを知り
アワまねーにふれて
人と人のつながりの暖かさ
自律していて
選択肢が多く
他の価値観に寛容
そして 必要に応じて助け合える心地よさ、
信頼関係にもとずいたシステムの中で
人間への信頼を確実なものとしていく
時間もゆっくり流れていく。
そうした状態の 相対化のなかで
はじめて お金とはなんなんだろう と考えることができた。

(あわあわマーケットのレポートへ)
■ 現在の貨幣制度は たった123年の歴史
えーッ そうなのー!
たったの120年ぽっち なの。へー 意外!
だって わが国の地方には、徳島 吉野川第十堰の青石ように
重機など全くない250年も前に 大河吉野川を地域に活かそうと
住民たちの手だけで作られた そんなものがたくさん ある。
明治15年 (1882年)に日本銀行条例ができ、日本銀行を中央銀行として定め
明治18年 (1885年)から国家通過としての日本銀行券が発行。
それまで 100万都市 江戸270年 そして明治10年まで
現代人には付き合いきれそうにない
複雑な 複数通貨システムだった。
「まず、誰でも知っているのが、(両)だが、その下に(分)、
さらにその下に(朱)という単位がある。・・・・
一両は、小判で金貨、一分と一朱は金貨も銀貨もあり、
その他にニ分とニ朱の金銀貨があった。
もうひとつ、今でも古銭として珍しくないのに、四角い穴のあいた一文銭と、
同じ形で裏に波の模様のついたやや大型の四文銭がある。
これは銅貨で、日常の買い物ではいちばんよく使うのだが・・・・
これだけならまだ簡単なのだが、もうひとつ、(匁)があった。・・・・」
(講談社文庫「大江戸生活事情」P15〜16)

(アマゾンの書籍へリンク)
その他 藩札もあったらしいし、明治10年まで
主要都市には、それぞれの銀行があって 個々に銀行券を出してもいたらしい。
■ 江戸時代の生活
もっとも 江戸時代の生活は「金銭を重く見ない儒教の影響で、
武士階級は金銭に執着する」ことをよしとしないし
「庶民の間にも 金にこだわらず清貧を尊ぶ気風」
江戸独特のさっぱりした気性があった。
村落共同体の村長(むらおさ)を中心に
司法、立法、行政、納税、教育などの自治権をもち
実働4時間ぐらい働き、基本的な衣食住の費用も安定していた。
おコメも「150年間を見渡すと、せいぜい2倍程度の範囲内でゆれているだけ」だし、
「二八そばが 1865年に20文に値上げされるまで、
実に200年近くもの間16文のまま変わらなかった」
「湯銭(銭湯の入浴料)も1624ねんから1842年までの
200年間、大人六文、子ども四文のままだった」(同じくp42)そうな。
こんな のんびり ゆったりした日常だったら
お金は不可欠に存在するけど
現在とは けたちがいにせっぱつまってはいないと 想像できる。
(ここ15年の食糧価格の推移:農水省(PDF)より)

■ ここ 30年余の変わりよう
つい 数十年前まで 日本も世界で最も美しい国のひとつといわれていた。
それは自然にあふれた豊かな風景だけでなく、
そこに住む私たち日本人の心をも指していた。
しかし この30年間にわが国の風景は一変した。
あらゆる川にダムができ、山には高圧線が、丘の上にはゴミ焼却場
谷あいは廃棄物処分場
そして 最も美しい海岸には原子力発電所。

(六ヶ所村核燃料再処理施設)
心痛む 年間自死約3万人は
そこに住む私たち日本人の心の風景も変化させられた。
だが 21世紀に入って 「地域通貨」その他の新しい動きが
起こっている。さざなみのように、特に青年たちの手によって。
次は「地域通貨」について考えてみたい。
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