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脳の不思議・不自由であるほど自由になる

禅

パソコンは、瞬く間に私たちの生活にはびこった。
それに付随して、本が読まれなくなったと聞く。
特に、中身の濃い長編の本格的な本が売れなくなったと聞く。

長編小説を読んで没入する時間が懐かしい。
その間は、現実世界を離れ、あれこれと想像をたくましくして、仮想の空間に遊ぶ。

少女・少年時代に、われを忘れて、小説や言葉の世界に遊ぶことによって、私たちの脳はたくましく鍛え上げられてきたのであろう。

「脳の発達のためには、さまざまな刺激に触れる事がよい」(「あるとき脳は羽ばたく」茂木健一郎著)というのが一般的である。あるいは、創造性を開花させるためには、自由に物事を考えるのがよいというのも常識である。

しかし、経験上は必ずしもそうではないらしい。
「時には1つのことを何回も続けるのがいい。同じことをひたすら繰り返すうちに、そこから逸脱しようとする」ゲシュタルト崩壊と呼ばれる心の動きが起こる。
ゲシュタルトとは元々ドイツ語で、あるものの「姿かたち」や「パターン」を指す。

「その逸脱作用が、いままでにない発想の飛躍をもたらす」(同上)

脳は「不自由であるほど自由になる」。なんと面白い。なんと奥深いことか。
「僧侶の修行で座禅や掃除などの単純作業を繰り返すのも、そうすることがむしろ脳を自由にするからである」(同上)

「厳しく制限された環境に置かれることが、そこから逸脱して自由を得るための準備となる。
仏門の修行とアインシュタインの青春が、人間の脳の本姓についての証人となってくれる」(同上)

生きている、ということは面白い。
奥深い神秘に恵まれて、私たちは生きているのである!

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