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歴史の遺伝子

久しぶりに 姉から手紙がきた。              

下関に住んでいる。
下関、門司は私たち一家にとっては特別なところ。

はるか昔 姉宅へ行って一人で散策した。

下関から門司へかけては 海底トンネルで歩いていける。
30分もかからない。
門司は、明治、大正、昭和初期の時代に貿易の盛んな港町で、
近くには ていねいな造りの木造の元商館が
たくさん並んでいる。
建物が生き生きしているので、
当時使われていたのかも知れない。

入り組んだ港沿いには 小さなお店が
いっぱい並んでいて楽しい。
アクセサリーやお菓子、乾物や旅のおみやげなど売っていた。

門司港駅はレトロ風の駅舎で
この辺一帯、観光名所にならないのがふしぎ。
いや そうなっていたのかもしれない。

私が訪問したときは 閑散として歴史ある駅の建物や商館が
ひっそりと、しかし存在感をもってそこにあった。

関門海峡は 源平の合戦で敗北した平家の幼帝が
女官に抱かれて 海に没したところである。

そこから舟で 九州薩摩半島の突端のへんぴな田舎に逃れていった一族が
父の祖先である。
「小田原家」という。

この名前は北条政子も住んだという
平家の居城 小田原の地名にちなんでつけられた。
再興を期して 「小田」とか「田原」とか名乗り、
全国へ散ったといわれている。

再興は成らず、苦難の生活をおくった父の里は
自給農業を続けて生きのび、
父は建築家として一生を終えた。

下関から門司を訪れたとき、
それまで本気にしていなかった父方の物語が
突然 現実のものとして いきいきと感じられた。

それは何百年の時を超えて
遺伝子に打ち込まれた記憶がよみがえると言う不思議な体験だった。

有名な物語 那須の与一の扇の的の話
幼帝を抱いて 入水していく女官たち。

全く予想もしていなかった関門海峡の歴史が
あざやかに わたしのなかに立ち現れたのである。

こうして 下関から門司の一帯は、
私の忘れられない地となった。
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